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  • 標準日本語(中級)の1~7課の内容

    第一课

    1)

    こんにちは、私は王といいます。去年の六月に、留学生として日本にやってきました。

    初めのうちに、言葉や習慣の違いから失敗ばかりしていましたが、最近はこちらの生活にもだいぶ慣れてきました。大学へ通っているうちに、何でも気軽に話し合える友達もできました。

            鈴木先生は私が通っている大学の先生です。ご専門は言語学で、私たち留学生に日本語を教えていらっしゃいます。私が日本語について分からないことを聞きに行くと、いつも丁寧に教えてくださいます。勉強以外のこともいろいろと相談に乗ってくださいます。

            先生は、現代の中国に興味がおありになるそうで、ときどき中国のことをお尋ねれになります。そんなとき、私は喜んで中国のことを説明して差し上げます。

            私は、これから、自分が知りないことや興味があることについて、いろいろなほんを読んでどんどん勉強していこうと思います。日本の自然や社会、歴史、文化、それに科学技術など、知りたいと思うことがいっぱいあります。小説や詩のような文化作品も日本語で読んでみたいと思っています。

            旅行の計画もあります。今度の夏休みに、日本の各地を訪れようと思っています。夏休みが終わるまでに、できるだけいろいろな所に行って、見聞を広めるつもりです。

    2)

    王: 先生。このごろ私は、日本の文化や歴史の勉強がとても面白くなってきました。

    鈴木:そうですが。それなら、ちょうどいい本がありますよ。これは、日本の文化を分かりやすく解説したものです。これを貸してあげましょう。

    王: ありがとうございます。では、読ませていただきます。いつごろまでお借りしてよろしいでしょうか。

    鈴木:来月までいいですよ。ぜひ読んで感想を聞かせてください。

    王: では。遠慮なくお借りします。ちょうど、これから、本をどんどん読んで勉強しようと思っていたところなんです。

    鈴木:いいですね。やる気を持つのがいちばん大切ですよ。頑張ってください。

    第二课

    1)

    王さんは、毎日、日記を書いています。この間までは、中国語で書いていました。けれど、先日、鈴木先生に「日本語で日記を書いてみたらどうですか。」と勧められたので、最近は日本語で日記を書いています。

    6月10日  火曜日 晴れ

    授業が終わってから、図書館へ行って本を借りた。図書館の前で、佐藤さんに会った。

    佐藤さんは、日本人の学生の中で一番仲の良い友達だ。将来は日本語教師になりたいそうだ。いつも明るく朗らかで、冗談を言って、良く私たち笑わせる。

    二人で喫茶店に行って、しばらく話をした。日本語の難しさなどについて話をしているうちに、映画の話題になった。佐藤さん映画が好きで、週に一度は見に行くそうだ。

    話がはずんで、あさっての木曜日に、いっしょに映画を見に行くことになった。あさってが楽しみだ。

    6月12日  木曜日 雨

    午後五時に、渉谷の駅前で佐藤さんと待ち合わせて、一緒に映画に行った。

    佐藤さんが連れて行ってくれたのは、喜劇映画だった。佐藤さんは、思い切り笑える映画が好きだそうだ。いかにも佐藤さんらしいと思った。

    映画を見るのは久しぶりだ。せりふが速すぎで分かりにくい場面もあったけれど、画面を見ているうちに、なんとなく意味が分かった。それに、日本人のユーモアの感覚も、少し分かったような気がする。

    映画を見るのは楽しい。その上、言葉の勉強にもなる。これからは、暇を見つれて、できるだけ映画を見るようにしよう。

    2)

    佐藤:どうでしたか。おもしろかったですか。

    王: ええ、とてもおもしろかったです。思わず、吹き出してしまってところもありましたよ。

    佐藤:そうですか。映画を見て笑えるなら、たいしたものですよ。私が知らないうちに、王さんはずいぶん日本語が上達したんですね。まるで、もう何年もにほんにいる人のようですね。

    王: そうでもないですよ。映画があったから、なんとなく意味が分かったんです。

    佐藤:王さんは、たぶんあまり映画はみないんですか。

    王: ええ。去年の夏に見たきり、一年ぐらいみていなかったんです。

    佐藤:そうですか。映画は言葉に勉強になるから、できるだけ見るようにしたらいかがですか。おもしろそうな映画があったら、また誘いますから。いっしょに見に行きましょう。

    第三课

    1) 

    王さんと張さんは、今日、田中さんの家に夕食に招かれました。

            田中さんは旅行会社に勤めていて、日本を訪れる外国の旅行者のために、いろいろと便宜を図ってくれます。王さんも張さんも、去年中国から日本へ来る時に、田中さんの世話になりました。

    田中さんの家族は、田中さんと奥さん、それにお嬢さんの純子の三人です。今日は、田中さんの奥さんはが、二人のために手作りの五目ずしをごちそしてくださるそうです。王さんは早めに田中さんの家へ行った、奥さんに五目ずしの作り方を教わりました。そして、次のようなメモを作りました。

    *材料(五人前)

    米・・・三合         筍・・・100グラム

    しいたけ・・・四個      れんこん・・・1本

    にんじん・・・50グラム   さやえんどう・・・30グラム

    海老・・・100グラム    卵・・・3個

    だし汁、酒、砂糖、醤油、酢

    *作り方

    五目ずしを作るには、まず初めに、普通より少し硬めに御飯を炊く。そして、御飯を炊いている間に、具を用意する。

    筍・しいたけは、細かく切り、だし汁、酒、砂糖、醤油で煮る。ねんこうは、うすく切って、だし汁、酒、酢、砂糖で煮る。にんじん、さやえんどうは、細かく切ってさっとゆでる。海老もさっとゆでる。卵は、薄く焼いてから細かく切っておく。

    次に、御飯が炊き上がったら、熱いうちに酢と砂糖を振りかれて混ぜる。そして、用意した具を、卵を除いて順番に混ぜ合わせる。

    最後に、皿に盛り付けてから、卵を載せ、好みで、のりや紅しょうがを添えるとよい。

    2)

    奥さん: 王さん、五目ずしの作り方はそれほど難しくないでしょう。

    王:   そうですね。でも、具を細かく切るのは難しいですね。しいたけを切っている時、もう少しで指を切りそうになりました。

    奥さん: 危ない、危ない。私も今、熱い鍋に触って、もうちょっとでやけどをするところでした。

    王:   だいじょうぶですか。

    奥さん: ええ。たいしたことはありません。さあ、こうして、卵とのりと紅しょうが載せるとできあがりです。

    王:   とてもきれいですね。

    奥さん: そうでしょう。見た目にきれいな料理は、食欲が出ますからね。

    第四课

    1)

    田 中:君は何にする。

    奥さん:メニューを見せてちょうだい。

    田 中:ほら、メニューだよ。

    奥さん:ええと、ハンバーグとライスと野菜サラダ。それから、アイスクリームがいいわ。

    田 中:へえ。太るのを気にしてるわりには、ずいぶん食べるんだなあ。

    奥さん:まあ。失礼ね。でも、食べすぎかしら。

    田 中:ははは。冗談だよ。レストランなんか、めったに来ないんだから、いっぱい食べたらいいさ。僕は、カレーライスとコーヒーにしよう。

    店 員:ご注文はお決まりでしょうか。

    田 中:ええ。ハンバーグにライスに野菜サラダにアイスクリーム。それに、カレーライスとコーヒーをください。

    店 員:はい。かしこまりました。アイスクリームとコーヒーは、お食事の後でお持ちすればよろしいでしょうか。

    田 中:ええ。そうしてください。

    店 員:はい。かしこまりました。

    2)

    1)は、田中さんと奥さんが、レストランに行った時の会話です。二人が話しているところに、レストランの店員がやってきた場面です。この会話には、日本語の話言葉の特徴が、いくつか現れています。

    日本語の会話では、人間関係によって言葉使いがずいぶん変わります。家族や友達同士のような親しい関係では、「です」「ます」を使った丁寧な言い方はあまりしません。「何にしますか。」と言う言い方ではなく、「何にする。」と、くだけた言い方をするのが普通です。

    田中さんは、奥さんに対してくだけた言い方をしていますが、レストランの店員に対しては、丁寧な言い方をしています。店員は、田中さんに向かって特に丁寧な言い言葉使いをしています。親しい関係でない上に、店員と客という立場の違いがあるので、特別丁寧なのです。

    日本語には、男性と女性の言葉使いにも違いがあります。例えば、自分のことを「僕」と言うのは、男性特有の言葉使いです。女性は普通「私」と言います。逆に、「食べ過ぎかしら。」という表現は、主に女性の言葉使いです。男性だったら、「食べすぎかな。」などと言います。

    親しいさの度合いや、立場の違いなどの人間関係によって、言葉使いが変わったり、男性と女性で言葉が違ったりするのは、日本語の話言葉の大きな特徴です。日本語のおもしろいとことでもあり、また難しいところでもあります。

    第五课

    1)

            日本では、北海道を除いて、6月から7月にかけて、しとしとと雨の降り日が続きます。この時期を梅雨と言います。

            梅雨の時期は気温が高く、湿度も高いので、とても蒸し暑く感じます。ですから、日本に住んでいる外国人は、ていてい「梅雨は苦手だ。」と言います。涼しくて乾燥した土地に育った人たちは、特に「蒸し暑くてたまらない。」と言います。

            日本人は、昔から梅雨に悩まされてきました。そして、蒸し暑い気候の時でも快適に暮らすことができるように、いろいろな工夫をしてきました。

            その工夫がいちばん良く現れているのは、日本の伝統的な家屋でしょう。

            日本の家屋は、壁が少なく、自由に取り外しができる障子やふすまで部屋を区切ります。寒い冬の日には、障子やふすまを閉めたままで過ごします。けれど、暑い夏の日には、この障子やふすまを取り外し、家全体を一つの広い部屋のようにして過ごします。そうすると、風が良く通って、とても涼しいのです。

            部屋の素材にも工夫があります。日本の家屋には、木や竹や紙など、植物性の素材が置く使われています。障子やふすまは、木と紙でできていますし、床に敷く畳も、わらといぐさを編んだものです。植物性の素材は、湿気を吸い取るので、湿度の高い風土に適しているのです。時代が変わるにしたがって、家屋の作り方も変わってきました。最近は、日本でも欧米風の建築が多くなりました。しかし、日本の風土を考えると、伝統的な家屋から学ぶことも多いと思います。

     2)

    山田:やあ、張君。いらっしゃい。この雨じゃ、大変だっただろう。濡れなかったかい。

    張 :うん、だいじょうぶだよ。そんなに強い雨じゃなかったから。ただ蒸し暑くて、汗をかいたよ。

    山田:まあ。そんなところにいないで、上がれよ。こっちへどうぞ。

    張 :おっ、畳の部屋だね。これが障子で、これがふすまって言うんだろう。

    山田:よく知ってるね。ちょっと暑いから、障子を開けてみよう。風が良くかよるよ。

    張 :ほんとに涼しい風が入ってくるね。自然の風は、気持ちがいいなあ。

    第六课

    7月7日は七夕です。七夕の行事は、8世紀ごろに中国から日本へ伝えられました。日本では、この日、子供たちが紙に願いごとを書いて、竹につるします。

    ところで、中国には、七夕にまつわるこんな古い話があります。

    昔、ある所は、貧しい牛飼いの若者がおりました。若者は、兄の家で暮らしていましたが、ある日、家から追い出されてしまいました。

    若者は、牛といっしょに暮らし始めました。そして、毎日とても丁寧に牛の世話をしてやりました。

    ある時、牛がこういいました。「明日、湖で天女たちが水浴びをします。天女の服が置いてあるから、赤い服を持って隠れていなさい。その服の持ち主が、あなたのお嫁さんになる人です。」

            次の日、若者が湖へ行ってみると、牛が言ったとおり、天女たちが水浴びをしていました。若者は、言われたとおりに、赤い服を持って隠れていました。

            その天女の名前は、織姫と言いました。織姫は、天の神様の孫でした。

            二人は、すぐに仲良くなりました。若者は織姫に「人間の世界に残って、私と結婚してください。」と言いました。

            二人は、結婚して幸せに暮らし始めました。毎日が楽しくてなりませんでした。かわいい男の子と女の子も生まれました。

            ある日、牛が若者に言いました。

    「私が死んだら、私の皮をとっておきなさい。そして、困ったことがあったら、その皮を体にかけなさい。」そう言い残して、牛は死んでしまいました。

    そのころ、天の国では、神様が織姫を探していました。織姫が人間の世界から帰って来ないので、神様はとても怒っていたのです。そして、二人がいしっしょに暮らしているのを知って、連れ戻しに来ました。

    神様は、織姫を連れて、天に昇って行きました。その時、若者は、牛が言ったことを思い出して、牛の皮を自分の肩にかけました。皮を着たとたんに、若者の体は、天に舞い上がりました。

    若者は、一生懸命追いかけました。そして、もう少しで追いつきそうになりました。けれども、神様が大きく腕を振ると、若者の目の前に、大きな天の川が現れました。若者と織姫は、天の川を挟んで、離れ離れになってしまったのです。

    織姫は、悲しく悲しくて、毎日泣くてばかりいました。そして、毎日若者に会いたがっていました。神様は、そんな織姫の姿を見ると、かわいそうでなりません。そこで、年に一回、7月7日だけ、二人が会うことを許してやりました。

    7月7日になると、たくさんのかささぎが天の川に橋をかけます。その橋の上で、若者と織姫は一年に一回だけ会うことができるのです。そのために、この日だけは、人間の世界からかささぎがいなくなると言うことです。

    第七課

    1)

            大正12年(1923年)9月1日、関東地方を震度7の大地震が襲いました。この地震によって、関東地方は大きな被害を受け、10万人の人が死に、70万戸の家が壊れたり焼けたりしました。この地震は「関東大震災」と呼ばれ、その時の恐ろしさが今でも語り伝えられています。

            ところで、9月1日と言う日付に注意してください。月の数と日の数を足すと、9+1で10になります。このことから、物理学者の坪井忠二さんは、「10になる日は大地震が多い。」と、ある新聞のコラムに書きました。記録を調べでみると、12月7日、11月26日などにも大地震が起こっているそうです。1+2+7、1+1+2+6、というふうに、それぞれの数を足すと、不思議なことに答えはどれも10になります。

            地震と日付の間に何か関係があるのでしょうか。

            実は、この話にはちょっとした仕掛けがあるのです。坪井さんは、こんな種明かしをしています。

            月の数と日の数を合計して、いちばん小さい数は2です。それは、1月1日(1+1)、10月10日(1+0+1+0)など、一年うちに4日あります。反対に、いちばん大きい数は20で、9月29日(9+2+9)の一日しかありません。ほかの日付は、すべて2から20の間に収まります。

            その中で、10になる日はとても多く、全部で36日もあります。ですから、10になる日に大地震が多いのは不思議でも何でもないのです。なぜならば、その日が一年のうちでたいへん多いからです。

            でも。もしこの種明かしがなければ、「10になる日は大地震が多い。」と言う話を聞いて、多くの人は、「確かにその通りだ。不思議だなあ。」と思ってしまうのではないでしょうか。

            「迷信と言うものは、こうして生まれるのかもしれない。」と坪井さんは言っています。

    2)

    王 :あっ、地震よ。窓ガラスがガタガタ鳴ってるね。

    佐藤:本と。揺れてるわね。でも、大きな地震じゃないわ。そんな恐がらなくていいわ。震度2くらいかしら。ほら、もう終わったようよ。

    王 :ああ。びっくりした。佐藤さんはよく平気でいられるわね。

    佐藤:地震には慣れているからよ。東京では、今くらいの地震はしょっちゅうあるわ。でも、たまには驚くほどおきな地震もあるのよ。

    王 :佐藤さんが驚くくらいなら、わたしなんか腰をぬかすしてしまうね。そんな地震が来たらどうしよう。

    佐藤:だいじょうぶよ。最近の建物は頑丈だから。それに、大きな地震の時は慌ててそと飛び出さないほうがいいのよ。腰を抜かしているほうがかえって安全かもしれないわ。

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